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名古屋地方裁判所 平成4年(行ウ)17号 判決 1992年11月18日

名古屋市中村区則武1丁目10番6号 側島ノリタケビル4階

破産者

株式会社 リトルアイランド

原告

破産管財人

森山文昭

名古屋市中区栄4丁目1番8号

被告

名古屋市中区長

吉崎弘

右訴訟代理人弁護士

鈴木匡

大場民男

右訴訟復代理人弁護士

鈴木雅雄

深井靖博

堀口久

主文

一  被告が平成3年6月28日別紙物件目録記載の動産に対してした差押はこれを取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

主文同旨

第二事案の概要

本件は,破産管財人である原告が,被告のした滞納処分としての動産の差押は破産宣告後にされたものであり違法であるとして,その取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  名古屋市中区役所事務職員(以下「徴収職員」という。)は,平成3年6月28日,破産者株式会社リトルアイランド(以下「破産会社」という。)の固定資産税及びこれに対する延滞税(以下「本件租税債権」という。)につき地方税法373条1項,7項に基づく滞納処分を行うため,破産会社の経営していたセントジェームスホテル(名古屋市中区錦2丁目12番22号所在)に赴き,同日午後4時50分から捜索,差押を開始して午後6時15分にこれを終了し,別紙物件目録記載の動産(以下「本件動産」という。)を差し押え(封印),これを破産会社において保管するよう命じたが,本件動産の差押自体がされたのは,午後5時よりも後であった。

2  名古屋地方裁判所は,同日午後5時,破産会社に対して破産宣告をし,原告が破産管財人に選任された。

二  争点

徴収職員が滞納処分とした動産の差押の時刻が破産宣告後である場合において,差押のための捜索が破産宣告前に着手されていたときには,破産法(以下「法」という。)71条の「滞納処分ヲ為シタル場合」(以下「法71条の要件」という。)に当たるか。

第三争点についての判断

一  本件租税債権は,国税徴収法の例により徴収することのできる債権(地方税法373条7項)として,法47条2号の規定により財団債権とされているが,これについては,「破産財団ニ属スル財産ニ対シ国税徴収法又ハ国税徴収ノ例ニ依ル滞納処分ヲ為シタル場合ニ於テハ破産ノ宣告ハ其ノ処分ノ続行ヲ妨ケス」と規定する法71条1項の反面解釈として,破産宣告後は,破産財団に属する財産に対し,新たに滞納処分としての差押をすることは許されないと解される(最高裁昭和39年行ツ第47号同45年7月16日第1小法廷判決・民集24巻7号879頁)ところ,徴収職員が滞納処分としてした動産の差押は,そのされた時刻が破産宣告後である場合には,差押のための捜索が破産宣告前に着手されていたときであっても,法71条の要件には当たらず,破産宣告後に新たに滞納処分をしたものとして許されないと解するのが相当である。その理由は,次のとおりである。

1  財団債権は,破産債権に優先して,かつ,破産手続によらないで,破産財団から随時弁済を受けることのできる請求権であり(法49条,50条),原則として,破産財団の管理,処分その他破産手続の遂行に際しその財団に関して生じた債権,すなわち,破産宣告後破産債権者の共同の利益のために生じた債権が財団債権とされるが,それのみでなく,公益上の見地から特に財団債権とされたものもある(法47条)。法47条2号が国税徴収法又は国税徴収の例により徴収することのできる請求権(以下「租税債権」という。)を破産宣告前に生じたものも含めてすべて財団債権としたのは,これが破産債権者の共同の利益のために生じた債権だからではなく,租税債権のもつ高度の公益的性格に鑑み,単にそれが本来持っている優先的効力によって破産債権に先立つことをもって満足せず,他の財団債権に後れることなく,かつ,配当手続の事実上の遅延にわずらわされないようにするとの配慮に基づく立法政策に出たものと解される。そして,法71条1項は,租税債権に対する右の基本的な立場に基づき,既に破産宣告前から破産財団に属する財産に対して滞納処分がされている場合には,その後に破産宣告がされたことを理由に当該滞納処分を中止又は失効させ,右財産を破産財団に取り入れたとしても,いずれはこれを換価して租税債権にまず弁済しなければならないのであるから,手続の経済をも考慮し,既にされた滞納処分の効力を失わせることなく,そのまま滞納処分を続行して,租税債権につき優先弁済を受けることができるとしたものであると解されるのである。

2  国税徴収法は,動産の差押は徴収職員がその財産を占有して行い(56条1項),差押の効力は徴収職員がその財産を占有した時に生ずるが(同条2項),差し押えた動産を滞納者に保管させたときは,封印,公示書その他差押を明白にする方法により差し押えた旨を表示した時に,差押の効力を生ずる(60条2項)ものと規定する一方,徴収職員は,滞納処分のために必要があるときは,滞納者の物又は住居その他の場所につき捜索することができる(142条1項)と規定しているところ,「捜索」に関する規定は,「第5章 滞納処分」の中ではあるが,「財産の差押」(第1節),「財産の換価」(第3節),「換価代金等の配当」(第4節)等一連の手続規定の後の「第6節 雑則」に「財産の調査」(第二款)に関する規定の一つとして「質問及び検査」(141条)の規定とともに置かれているにすぎない。そして,捜索の規定自体が,捜索とは別に滞納処分の存在を前提としている上,捜索を滞納処分のための必要不可欠な行為ではなく,必要な場合にされるものとしているにすぎない。以上のことを総合すると,国税徴収法は,捜索をもって,滞納処分をするために必要がある場合にされる滞納処分の準備的な行為であるとしているものと解するのが相当である。

3  右1及び2に述べたところに,財団不足の場合などには,滞納処分の続行を認めるか否かによって,租税債権が満足を受けられる程度に差異の生ずることがあり得ることをも併せ考えると,法71条の要件に該当するというためには,滞納処分に着手されたことが法的,客観的に明確である差押のされたことが必要であるというべきである。

4(一)被告は,本件におけるように,捜索に引き続いて差押が行われたような場合には,捜索と差押とは不可分一体の関係にあるのであって,これを分離して考えるのは非現実的である旨,及び捜索に当たっては立会人を立ち会わせ(国税徴収法144条),差押調書には捜索に関する事項も記載し(同法施行令21条2項),立会人には差押調書を交付しなければならない(同法146条3項)ものとしているので,捜索に着手した時刻等については客観的に特定できるように担保されており,明確性に欠けるところはない旨主張する。

しかし,国税徴収法の前記規定からすると,右両者が法的に不可分一体のものとされているとは到底いえず,精々,差押等の滞納処分を行うために,事実上,捜索をすることが必要となる場合のあることを前提としているにすぎないものというべきであるし,また,捜索の開始時刻が差押調書等によって明確にされることが担保されていても,前記の判断を左右すべき事情には当たらない。

したがって被告の右主張は採用することができない。

(二)被告は,判例上,滞納処分のための捜索がされたことをもって,時効中断事由である差押があったものと解されているので,本件においても,同様に解すべきである旨主張する。

しかし,被告の挙げる判例はいずれも,差押のための捜索をしたが差し押えるべき物が見当たらないため執行不能となった場合に,国税通則法72条3項の準用する民法147条2号の「差押」があったといえるか否かの問題に関するものであるところ,時効制度は,長期間の事実状態を保護し,権利の上に眠る者を保護しないとするもので,法71条とはその制度趣旨を異にし,どの段階で権利行使をしたと認められるかとの点が右の判断の重要な要素となると考えられるのであるから,右の点についての解釈が直ちに前記の判断に影響を及ぼすものではない。

二  これを本件についてみるに,前記第二の一の事実によれば,本件動産に対する差押がされたのは破産会社に対する破産宣告後であるので,右差押は,破産宣告後の新たな滞納処分に当たり違法というべきであるから,取消しを免れない。

(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 後藤博 裁判官 入江猛)

<以下省略>

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